ある企業でのコーチングセッションの最中に起きた出来事です。
画面の向こう側にいるのは、大手金融の営業職の30代女性。
仮にマリコさんとしましょう。
マリコさんはバリバリ仕事ができるタイプで、
いつもハツラツと前向きな雰囲気を醸す女性です。
けれど、この日は見るからに不満顔。私は事情を聞くことにしました。
マリコさんの不満の矛先はズバリ、「直属の上司」でした。
「私はこんなに頑張っているのに。上司が全然応援してくれないんです」
聞けば、最近、彼女はある業務改善案をまとめ、意を決して上司に提案に行ったのだそうです。
しかしながら、上司の反応はイマイチ。
ねぎらいの言葉さえなかったことに、彼女は失望したのだと説明してくれました。
上司たるもの、部下が一生懸命準備をして提案をしたのであれば、
感謝を伝え、褒めて、提案が実現するように味方となって動くべきである。
その当然の行動をしない私の上司は怠慢である――。
不満はそのまま愚痴になり、
上司への不信というマイナスのスパイラルを生んでしまっていました。
一方で、後輩に対しては、マリコさんは細々と心を配り、
仕事がスムーズに進むように支援をしている様子。
だからこそ、「私はこれほど自分の後輩に対して献身的なのに、
私の上司はどうして同じようにケアしてくれないの」と一層の不満を募らせていたようです。
また、同じ会社で働く20代の事務職のユイさんが訴えたのは、
「上司が私の頑張りを見てくれない」という不満でした。
ユイさんはよく気がつき、細かな仕事もいとわず取り組むタイプですが、
何をどこまでやったのかを上司に逐一報告するのは苦手なのだとか。
「上司は、私よりもアピール上手な同期を評価するので、
モチベーションが下がるんですよね。
『ありがとう』と言ってもらえたことなんてないですし、
私が抱える仕事の状況をちゃんと理解しているとは思えません。
細々とした仕事を私にばかり振ってくるのも納得できないし、不信感を抱いてしまいます」
そんな負の感情を次々と吐き出していました。
ここでも、見えてきたのは「上司たるもの」から始まる不満です。
上司たるもの、部下の頑張りは陰日向の行いまで注意深く観察すべきである。
そして、その頑張りを認め、ねぎらい、感謝すべきである――。
実はこの「上司たるもの」から始まる不満シリーズは、
真面目で優秀な方であるほど抱える傾向があります。
「上司とはこうあるべき」という理想を描き、
その理想に合致しない上司に対してストレスを感じてしまう。
心当たりがある人は少なくないのではないでしょうか。
でも、考えてみてください。上司も一人の人間です。
部下一人ひとりの仕事ぶりを理解したいという気持ちはあっても、
管理職は何かと忙しいもの。
日々の業務に追われて、すべて正確に把握するのはほぼ不可能だと思います。
私自身がかつて管理職としてマネジメントを担っていたときにもジレンマを抱えていたのですが、
そんなときに適時適切なホウレンソウ(報告・連絡・相談)をしてくれる部下の存在は、
率直にありがたいと思えました。
私の体験談をお話ししつつ、ユイさんには
「アピールとしてではなく、上司の判断に役立つ情報や困りごとの相談を
こまめにするように心がけてみては」と提案をしました。
すると1週間後、定例セッションに現れたユイさんの表情はすっかり明るくなっていました。
私の提案を素直に実践したみた結果、
上司とのコミュニケーションが格段にうまくいくようになったそう。
待ち望んでいた「ありがとう」という言葉まで受け取れたというのです。
以前は不満を募らせていた「次から次に降ってくる追加の仕事」に関しても、
「それだけ信頼してもらえている証拠だと思えるようになった」と、
捉え方が180度転換。別人のように前向きになったユイさんの変化に、
私も嬉しくなりました。
先述のマリコさんも、あるアプローチを提案したことがきっかけで、状況はかなり好転したようです。
そのアプローチとは、「ポジションチェンジ」。
相手の立場に自分を置き換えて、心情や課題を想像してみるという考え方です。
例えば、こんな問いかけから始めます。
「上司があなたに分かってほしいことがあるとしたら、どんなことだと思いますか?」
「もし上司もあなたに要望があるとしたら、それは何だと思いますか?」
すると、大抵の人はハッとした顔をします。
そして、その答えを探すうちに、
上司とのコミュニケーションがもっと必要であることに気づきます。
上司といえど、一人で完璧にその役割をこなせる人はいません。
部下からの協力的な働きかけ(フォロワーシップと言います)があってはじめて、
良いリーダーシップが発揮されるのです。
この「ポジションチェンジ」という手法、
「お客様」に対しては自然と意識できる人は多いのではないでしょうか。
お客様の立場に立って、相手の困りごとや要望を想像して、自分なりに貢献できるアクションを試みる。
お客様相手なら当然のごとくできることが、身内の上司が相手となるとなぜかできなくなる。
「上司なのだから、やってくれて当然」という幻想が働いてしまうのでしょうね。
繰り返しになりますが、上司も一人の人間です。
「こうあるべき」という理想を押し付けると、かえって苦しくなります。
上司は今どんな課題を抱えていて、自分にどうしてほしいと思っているのか?
視点を変えて行動してみるだけで、上司との関係性は好転する可能性があります。
結果、目の前の仕事がぐんとやりやすくなるはずです。
そして将来、あなたが何か挑戦しようとするときに、きっと味方となってくれるでしょう。