「キャリア自律」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
個人が自分でキャリアの目標を立て、
その目標のために必要な経験やスキルを選び取りながら、主体的に行動するという考え方。
最近、人材育成の領域で注目され、人事研修のお題としてもニーズが増えているキーワードです。

誰もがいきいきとやりがいをもって働き続ける社会に近づくために不可欠の考え方であり、
私も大賛成です。
もっと広がってほしいと思います。
最近の20〜30代は、社会に出る前からキャリア教育を受けてきた世代でもあり、
「やりたいこと」を周囲に堂々と表明できる人も増えているようです。
これも、いいことですね。
しかしながら、「自分のやりたいことを仕事で実現しよう」というスローガンが先行するあまりに、ちょっと困った事態も起きている。
そんな相談を企業の人事担当者やマネジャーの方から受けるケースがちらほらとあります。
「若い社員から不満が上がるんですよ。
『うちの会社では、やりたい仕事をなかなか任せてもらえない。
モチベーションが上がりません』
と。けれど、そうは言ってもですね……」
と、困り顔の人事担当者や上司の皆さん。その本音とは……。
「人員配置の調整は大変。希望をすぐに通すのは難しいんだよ」
「熱意は結構。けれど実力の面ではまだまだ足りない。
まずはしっかりスキルを磨いてほしいな」
そう、完全に“すれ違い”が生まれているのです。
「当の本人は、
『こんなにやる気をアピールしているのに、チャンスをもらえないのはなぜですか?』
と不平不満をぶつけてくるんです。
でも、今は目の前の仕事にしっかり取り組んで力をつけてもらいたい。
けれどそのまま伝えても、本人は納得してくれません。
一体どう伝えたら、やる気を削がずにポジティブに受け止めてくれるでしょうか?」
こんなときこそ研修講師の出番です。
不満を募らせる現場の社員に対して、第三者の立場から客観的なアドバイスをすることができます。
私はこんなふうに伝えてみました。
「やりたいことの目標を持ち続けることは大事です。
それを周囲に伝え、アピールすることも必要です。
ですが、その前に、その目標のチャンスをつかめる自分になりましょう」
今すぐではなくても、いつかチャンスが巡ってきたときには、
「この人に優先的に任せてみたい」と周りに思わせるだけの信頼をコツコツ積み上げていきませんか?
そう伝えると、「たしかにそうですね」と納得してもらえることは多いのです。
併せて、私が説明によく使うのは、「WILL」「CAN」「MUST」の3つの円のバランスの話。
キャリアの可能性を広げる上では、「WILL=やりたいこと(意思)」と「CAN=できること(強み)」、そして「MUST=やるべきこと(責務)」の3つのバランスが大切です。
それぞれを円状に描いたときに、3つの円が重なる面積が大きいほど、ハッピーかつ、発揮できるパフォーマンスが高い状態になると言われているのですが、「やりたいことができない!」と不満を募らせている人は「WILL」が過剰に肥大している状態であると言えます。
バランスを改善するために着目したいのは、ズバリ、「MUST」。
自分が今与えられている「やるべき仕事」の意味について、考えて言葉にしてみるワークをやってみるのですが、これがなかなか効果的なのです。
「会社全体で見たときに、私の今の役割って何? なぜやらないといけないんだろう? 今任されている仕事は、誰の何のためにあるんだっけ?」とあらためて自分自身に問う時間を持つことで、表情がパッと変わる。きっと、忘れかけていた意味を思い出すのでしょう。
これだけでもモチベーションが回復する人はいますが、続けて「MUST」と「CAN」をつなげる問いを投げかけるとさらに思考が前に進みます。
「今のやるべき仕事に全力投球することで、あなたはどんなスキルを身につけて、どんなふうに成長できると思いますか?」
たとえ苦手だったり、あまり気が進まない分野の仕事だったりしたとしても、それに打ち込むことによって、知識や能力の向上につながるというイメージを持てたら、前向きになれます。自分の実力をつけるために、今の目の前の仕事が自分にとって意味があると腹落ちできると、取り組み方もがガラリと変わってくるんです。
さらにはその先に、「やりたい仕事=WILL」につながる道が開けるとなれば、俄然、やる気が湧いてきますよね。
つまり、「MUST」に打ち込むことは、「CAN」の拡張につながり、やがて「WILL」も引き寄せる。この関係性を理解してもらうと、「目の前に与えられたやるべき仕事」に対する姿勢はポジティブに転じるはずです。
特に20代の社員の方々に向けては、私は「今のうちに、CANの円を広げて、チャンスの種蒔きをしましょう」と伝えています。できることを増やせば、周りの人から「あの人に任せても大丈夫そうだ」「ぜひあの人に任せたい」と信頼と期待を集めやすくなります。
そして、CANを広げるきっかけが、実は目の前の「MUST」の中に眠っているのです。
結論としては、「目の前の仕事をがんばりましょう」という“ザ・正論”なアドバイスにまとまってしまうのですが、この“ザ・正論”をストレートに受ける機会は意外と少ないのかもしれません。
日ごろ近い距離にいる上司や人事担当者の方からは言いづらい、でもぜひ分かってほしい。そんなメッセージを代弁する役割を、私は担いたいと思います。